旅する教師

TCHIKIRI Imaoka Ayumi(チキリ今岡鮎美)

トーゴにて。撮影: 辻旺一郎

1980年生まれ

島育ち故に小さい頃から外に出ること、海外に住むことに興味をもつ。アフリカの飢餓のニュースを4歳で見て、いつか何かしたいという夢をもつ。

大阪の公立中学校の教師となり、9年間勤務。その後、独日本人国際学校に派遣。

アフリカへの夢と、教諭生活のストレスにより退職。

アフリカの一人旅を敢行。ナミビア、南アフリカ、ケニア、エチオピア、トーゴなどの孤児院や学校を巡り、教師経験を飛び込みで行い、ボランティア活動も行う。ヴァヌアツ諸島のタンナ島でも歯科助手としてボランティアをするが、学校に訪問して歯磨きの指導にも参加。

縁あって、アフリカ事業を行う会社へ投資。また社員としてナイジェリアでスカウト業務に携わり、日本語教師として未来のアスリートを指導。

アフリカ人の主人と出会い、ひょんなことからトーゴ 共和国のレストラン事業に投資することになり、お金を循環させ、雇用を生むという社会起業になればと取り組む。隣に文化教室を建て、野菜を売りにきた子どもたちにアルファベットを教えるようになる。その後結婚。

千原せいじさんがアフリカに行く「こんなところに日本人」で取り上げられる。

一時帰国時には、神奈川県や大阪府の公立小中学校で、総合的な学習の時間、道徳、社会など、授業科目に合わせ、アフリカに関する講話を行う。

その後、レストラン事業の経営が回らなくなる。

「アフリカの子どものために何か」と言う前に

「自分を助けなければ」と本帰国。

再び日本の教壇に立つことになり、自分自身を回復させるため、コーチングを学ぶ。

教諭を辞める前より余裕をもって子どもや保護者と接することができた自分、楽しかった自分に気づく。

失敗で失ったものは「教諭時代に貯めたお金」

得たものは「多様性」「いろんな考え方を認められる力」「主人」

自由に海外を行き来し、外でインプットしたことを学校現場やそれ以外にもアウトプットをするにはどうすればいいか。

新しい先生のカタチ=「先生の働き方改革とは何か」を模索するようになる。

実体験から感じた「どんな人間でありたいか」

「自由に自分の人生を決めていくこと」など、人生という長い見方で子どもと接することを心掛けている。

現在は「旅する教師」として8カ国の教師経験を生かしながらも、できるだけ人生の中で多くの学校、多くの子どもに関わりながら、「コーチングを取り入れた授業、コミュニケーション」を通して、世界中の子どもたちを笑顔にする事を夢として過ごしている。

教師をしていてよかったと思うこともたくさんある。

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